Mystery for You あるアイドルグループの解散 ストーリー1
「国民的アイドルグループ TATSUMAKI 本日ついに解散!」
楽屋に入ると、そんな見出しが踊るスポーツ新聞がテーブルに置かれていた。
誰かもわからない、存在すらしないかもしれない「とある関係者」が激白した…とされるウソかホントかもわからない内容が、あたかもすべて真実のように書かれているのだろう。もう目を通す気すら起きない。
ソファーに腰を落とす。
「なんで、こんなことに…」
芸能生活はデビューから順風満帆だった。
川中コウジ、川越ユウヤ、そして俺、川上シンゴ。
俺たち3人はTATSUMAKIというアイドルグループとしてデビューしてからというもの、男気溢れるキャラのコウジはドラマや映画で活躍し、王子様キャラのユウヤはバラエティに引っ張りだこ、俺はそんなやんちゃな2人をまとめるリーダーキャラで、様々な番組でMCをして…。それぞれが、それぞれのポジションを勝ち取り、芸能界をサバイブしていた。そんなバラバラな個性の3人だけど、ひとたびライブを開けば、国立競技場が超満員になり、俺たちの歌や踊りに観客は魅了される。
「やっぱりTATSUMAKIは、3人そろったときが一番輝いているよね」
「絶対性格合わなそうなのに、ライブMCで3人で話してるとき、仲の良さがにじみ出ちゃう感じがいいよね」
ファンからは、そんなことを言われていた。
確かにそんなに仲は悪くなかった。普段からベラベラしゃべったり、呑みに行ったりする程ではなかった。何なら携帯の番号もLINEも知らなかったが、互いに「今、どんなことを考えているのか」「これからどうしたいのか」「何で悩んでいるのか」などの情報を共有していたから、3人の間にはちゃんとつながりがあった。忙しく、なかなか会えないことがデビュー当時から多かったこのグループをつなぎとめていたもの。それは、俺がデビュー当時に提案した「交換日記」だった。
最初はコウジもユウヤも恥ずかしいとかめんどくさいとか文句をブーブー言っていたが、いざ始めると1行2行しか書かなかった2人もいつの間にか1ページ書くようになり、ときには数ページにわたる長文を書いて寄越すようになっていた。
芸能人はいつでも孤独なんだ。
一歩踏み間違えれば、谷底に落ちていくような文字通り綱渡りの日々を芸能人は過ごしている。周りにどんなに多くのスタッフがいたとしても、その一歩を踏み出す決断は自分にしかできない。すべてを背負っている。恐くて仕方がないけれど、決断しなくてはいけない。その恐怖を吐露して少し気持ちを楽にすることはできても、みんな少しずつ視点が違い、みんなライバルの同業者である以上、共有、共感できる人間なんて、同じ芸能人でも中々いない。だからこそ、この同じグループで、同じキャリアを歩んできたメンバーに正直に自分の心情を語れるこの「交換日記」は、3人の心の拠り所になった。弱った書き込みがあれば、本当に心配したし、何かに悩む書き込みがあれば、一緒に解決方法を考えた。メンバーの気持ちはすべて理解できていると思っていた。
しかし、2か月前、ユウヤの誕生日でもある10月4日に国立競技場でのライブを成功させたその翌日。
ユウヤが事務所の社長 堅尾(カタオ)とトラブルを起こした。
酒に呑まれたユウヤが事務所の社長である堅尾に手を上げた瞬間を、運悪く居合わせた週刊誌の記者に見られてしまったのだ。
普段なら、事務所内のことだと、処理もできたのだろうが、週刊誌の記者がその場で騒ぎ立てたことで警察沙汰となり、すぐに世間に知れ渡ってしまった。一瞬でSNSが炎上したこともあり、事務所から謹慎処分を受けたユウヤと俺たちは、連絡を取ることさえも許されず、もちろん交換日記も渡せなかった。
1か月前、ユウヤから事務所を辞めたいと申し出があった、とマネージャーから報告を受けた。「そんなはずはない!」「ユウヤと話させてくれ!」と俺たちは懇願したが、許されず、ユウヤと会うことも話すこともできないまま、今日を迎えてしまった。
今日は俺たちがメインを張る番組「タツマキスキスギ」の最終回だ。
この2か月、ユウヤがいない穴を感じさせないように俺とコウジで頑張っていたが、1か月前のユウヤの決断により、TATSUMAKIは解散することが決定。今日の収録の最後に1曲歌い、番組の最後に別れの言葉を述べたら、番組もグループも終わる。
「なんで、堅尾を殴ったんだ…あの2か月前に戻りたい…。なんとかユウヤを止められれば…」
このグループに、メンバーの誰よりも想い入れが強かった俺はそんなことを考えていた。
「国民的アイドルグループ TATSUMAKI 本日ついに解散!」
そんな見出しを掲げるスポーツ新聞に無性に腹が立ち、テーブルの上の新聞を荒く手に取り、楽屋の床に叩きつける。
再びテーブルの上に目を戻すと、そこには新聞で隠れていた「シンゴくんへ」と書かれた1通の封筒が出てきた。
「ファンレター?」
普通ならテレビ局に届いたファンレターは段ボールに詰められマネージャーが事務所に持って行ってくれるのだが、置き忘れたのだろうか? 不思議に思いながら、封を切る。
「TATSUMAKIが解散するなんて信じられません。
この状況をなんとかできるのはシンゴくんしかいません。
シンゴくんに、時間を巻き戻すおまじないを教えます。
この状況になった原因を元に、おまじないをして、
シンゴくんの「すべきだったこと、したかったこと」が、
わかったとき、あの日に戻ることができます。
なんとか解散を止めてください。
あなたたちのファンより」
小中学生のかわいいファンか?
それとも弱った芸能人に近づく悪徳スピリチュアルか…。
さすがにそんな話に乗るほど弱っていない。
タイムリープなんて現実に起きるわけないじゃないか。
…あの日に戻ることなんてできるわけないじゃないか。
ただ、手紙の中にあった「原因」と「すべきだったこと、したかったこと」という言葉がひっかかっていた。
「今回の解散の原因は間違いなく「堅尾」だ。 確かに、俺の中に、あの日の「後悔」がある…」
このまま、何もせずに収録の時間を待っていては気が持たないのもわかっていた。他のことで気をそらしたい。まったく信じてはいないが、いい暇つぶしくらいにはなるだろう、くらいの気分でおまじないをやってみることにした。
<封筒を開け、ファンレターに書かれたおまじないをして、あのときの「すべきだったこと、したかったこと」を見つけよう>