リアル脱出ゲームは今年10周年ですが、どんな人間がゲームを作っているのかは案外知られていないのでは? というわけで、SCRAPマガジンで何人かのコンテンツディレクターのインタビューをお届けしていきたいと思います。第1弾は、ヒミツキチラボ実験室長としてもおなじみ、吉村さおり女史。SCRAP随一の顔の広さでいろんな人々を巻き込み、『君は明日と消えていった』に代表される独特なコンテンツを作り続ける彼女の言葉をお届けしましょう。
まさか自分がリアル脱出ゲームを作るようになるとは思っていなかった
──SCRAPとのかかわりを教えてください。
私はもともとファッションと音楽が好きで、京都で大学1年生のときに、店内で音楽イベントができる古着屋でバイトをしていたんです。で、自分でも何か媒体を持ちたいなと思っていたときに、ちょうどフリーペーパーSCRAPの創刊号がお店に置いてあって、スタッフを募集していた。それでミーティングに顔を出したのがきっかけですね。
SCRAPは最初、音楽のフリーペーパーだったので、音楽にまつわる企画をやっていました。途中からテーマが音楽じゃなくなって、宝探しイベントとか、乙女チックなポエムを競うイベントとかになったんですけど、それも楽しみながら企画していたんです。
でも、そのあと私は就職活動して、SCRAPからきれいに足を洗ったんですよね。その間にリアル脱出ゲームが生まれていたんです。
──就職して何の仕事をしていたんですか?
上京して、コピーライターや広告ディレクターなどをしていました。ただ、そのころリアル脱出ゲームも東京での仕事が多くなっていて、しょっちゅう加藤(隆生/SCRAP代表)が東京に来たときに会っていたんですよ。なので、京都のSCRAPとは話はずっと通じていた感じでした。「面白い企業説明会をやりたい」とクライアントさんに相談され、リアル脱出ゲームを使った採用説明会をやったりもしました。で、就職して3年経ったタイミングでSCRAPが東京に進出してきたんですけど、ちょうどリアル脱出ゲームが大きくなるときで、個人的にも対会社ではなく対お客さんに向けての仕事に挑戦したいという思いもあって、仕事を辞めてSCRAPに戻ったんです。
──最初に作ったリアル脱出ゲームは?
最初のころは『マッド博士の異常な遺言状』『ある使徒からの脱出』『深夜ホテルからの脱出』『謎の部屋からの脱出』(すべて2011年)などでサブディレクターをしていました。他にはよみうりランドや渋谷の回遊型イベントとか、広告やWebのコンテンツを作ったり、相変わらずフリーペーパーの編集をやっていたり。あとは、当時は福岡、北海道、アメリカ等の地方での運営を全部私が担当していたんです。あるとき福岡の人に、地方はコンテンツがないから人を呼び込めない、だからオリジナルのイベントを作りたいって相談されたんですね。そのとき私も地方のリアル脱出ゲームを盛り上げることに興味があったので、だれかが作ってくれるのを待っているよりは自分で作ろうと思って、初めてメインディレクターとして『ある幽霊船からの脱出(2011年)』を担当しました。それからは『ある廃病院からの脱出(2012年)』や『呪われたオーディション会場からの脱出(2013年)』なども担当したりして。
でも、まさか自分がリアル脱出ゲームを作るようになるとは思っていなかったですね。SCRAP歴は長いのですが、リアル脱出ゲーム制作歴は意外と短く、最初のころはみんなにどうやって謎を作るのかを聞いて回ったりしていました。
恐怖モノと思いきや実はハートウォーミングなリアル脱出ゲーム。2月中は横浜にて、4月から滋賀にてリバイバル公演を開催!
──実際にどのようにリアル脱出ゲームを作っているのか教えてください。
私はまず物語の起承転結を考えます。テーマを考えて、それぞれのポイントでだれをどんな気持ちにさせるかを考えて、そのあとオチを考えて、最後に謎を当てはめていきます。人によって作り方が違うんですけど、私は謎からは作れないので、ストーリーからですね。最初にメインで担当した『ある幽霊船からの脱出』のときからそうです。それまでのリアル脱出ゲームに恋の話がなかったから、そういうものを作ろうと。今は、恋のテーマがどんどん深くなっているだけかもしれません(笑)。
何も事件が起こらない謎解きを作れたら、可能性がもっと広がる
──吉村さんは渋谷・道玄坂ヒミツキチラボの実験室長でもありますが、ラボで行われるリアル脱出ゲームで特徴的なシステムに、1テーブルに1人スタッフがつくということがあります。あれはどのように考えたのですか?
ラボを始めるに当たって考えていたのは、こけら落とし公演にふさわしい、店名の通りの実験的なものを作るということと、パズルガールズ(SCRAPに所属していたアイドルグループ)を好きになってもらうという2つのことでした。お客さんが彼女たちに感情移入をしたり、近い存在と感じてもらうためにはどうしたらいいかっていうブレストをしている中で出た案ですね。それで生まれたのが『忘れられた実験室からの脱出(忘ラボ/2014年)』。その次に、人気を得るためにはギャップが必要だということで、イノセントな女の子が重要人物となる『忘ラボ』とは真逆のセクシーなディーラーが活躍する『カジノロワイヤルからの脱出(カジロワ/2014年)』を作りました。システムとしてはカジノの方が完成形かなと思ってます。
ディーラーとの駆け引きが醍醐味のギャンブル系リアル脱出ゲーム。3/24(金)よりヒミツキチラボにてリバイバル公演が開催!
──そのあともさまざまな形式の公演を作っていますね。
『片想いからの脱出(2015年)』は、リアル脱出ゲームから謎解きを抜いたときにどうなるんだろうってことを考えました。いつも謎に頼っているなっていう、「謎様」への敬意を示した結果の公演ですね。
『20min.リアル脱出ゲーム(2015年)』は、リアル脱出ゲームに抵抗がある人へ向けて作ったものです。怖い、難しそう、1時間半拘束されたくないって人たちがふらっと来れるようなコンテンツになったらいいなと思って、実験的にやったものです。
『僕と勇者の最後の7日間(ぼくなな/2015年)』は、RPGをテーマにしたラストクエスチョンとお客さんが一緒に冒険している気持ちになりつつ、ライブのように盛り上がるラストシーンを作りたかった。
『君は明日と消えていった(きみあす/2016年)』は、自分みたいな「謎解き<物語」な人が行ってみたい思うコンテンツにしようと思って作ったものです。謎解きイベントに最初行く時って、中身がわからなくて少しハードルが高いと思います。普段、自分がどういったものがあればイベントに足を運びたいと思うかと考えたら、CMなんですね。リアル脱出ゲームってネタバレ禁止だからCMで中身を出せないですけど、アニメーションがメインで、ストーリーを楽しんでもらうってことを明確に打ち出していれば、CMでいろいろ出せる。それでアニメ会社を回り始めたんですよ。自分だったらどんなタイトルで、どういう人がテーマソングを歌ってて、どういう人が声優をやったらおもしろくなるかっていうことを考えて。
リアル脱出ゲーム史上最もストーリーを体感できると話題のリアル脱出ゲーム。好評により開催されている追加公演は3月4日(土)まで。
──普段アニメはよく見るんですか?
実はそれほど多くは見ていなんですけど、好みのアニメは分かりやすいです。『耳をすませば』とか『秒速5センチメートル』とか『時をかける少女』とか、胸キュンする、ハートウォーミングなストーリーが好きですね。
リアル脱出ゲームって、誰かが死んだり、爆弾が仕掛けられていたり、殺人が起こったりした方が作りやすいんですね。でも何も事件が起こらない謎解きを作って楽しませることができたら、可能性がもっと広がるなと思っていて。そういった意味でも、『きみあす』は絶対成功させなければいけないと思っていました。
──普通のリアル脱出ゲームではないものを作りたい、という志向は一貫しているんですね。
脱出ゲームっぽいものを作らないといけない、と惑わされたこともありましたけど、そのときはやっぱりいいものを作れなかったです。
でも『本屋迷宮からの脱出(2013年)』のときは頑張ってましたね。推理小説の主人公に自分がなったようなおもしろさと、会場の書泉グランデさんのおもしろさが伝わるコンテンツにしようということで、絶対に先が読めない、お話がどんどん欲しくなるものにしようと思って。たまに周遊系のイベントでやる、冊子のページが増えていくシステムはここで最初に生まれたんです。
営業中の書店の中で本を持って探索するミステリーイベント。2014年には続編『漫画迷宮からの脱出』も開催された。
1時間ゲームが楽しめるだけでなく、その先に影響を与えられるものを作りたい
──いつも、アイデアはどのようにして生み出しているのでしょうか?
私、めっちゃカフェに行くんです。会社にいないときはだいたいカフェにいて考えてます。家や会社より断然はかどりますね。今はとうとう足湯カフェという、リラックスしながら考えるっていう一石二鳥な場所を発見してしまいました。
あとは温泉ですね。温泉に浸かりながら何かアイデアが出たら、「これは温泉より素晴らしいアイデアなのか?」って温泉と1回比べるんですよね。お客さんに同じ時間とお金を使ってもらうわけですから「温泉には負けてるな」ってなったら消します(笑)。
──他に創作のコツがあれば教えてください。
これは良いか悪いかわからないんですが、私はあきらめが悪いのかなと思っておりまして、絶対形にするぞって思ったら、途中で手を離さない。例えば『きみあす』制作のときも、予算上アニメを作るのは絶対無理だと言われていたんですよ。でもあきらめずにいろんなアニメ会社に行っては断られていて、やっと見つけた会社がGONZOさんだったんです。GONZOさんは”限られた条件の中で実現させる方法”を一緒に考えてくれました。
あと、最近得意なジャンルが分かってきて、苦手なことは何の引け目もなく人に頼めるようになりました。得意なことが自分の中で明確になったのは、やりやすくなったと思っています。
それと、意図的に情報は絶やさないように気を付けています。全然そういうタイプじゃないんですけど、上京してリア充しか住んでいないシェアハウスに引っ越しましたし。流行っているものとか、常に検索をしてますね。トレンドワードのランキングは数時間に1回チェックします。それはもう趣味ですけど(笑)。
──リアル脱出ゲームの制作に関して、今後の展望を聞かせてください。
まだリアル脱出ゲームって、ハードルが高い遊びなのかなと思っていて。例えば年齢的なハードルで子供やシニアが来にくいとか、私は頭が良くないから……って二の足を踏む方が多かったりするんですけど、ディズニーランドだったらそんなことはないじゃないですか。なので、もっとだれもがタッチしやすいリアル脱出ゲームを作っていきたいですね。
あとは、ゲームに参加した人が何かの気持ちを持って帰れるものにしたいです。明日から友達を大事にしようとか、後悔のない人生を歩もうとか、教訓じみてますけど(笑)。1時間のゲームが楽しかったというよりは、その先に影響を与えられるようなものを作りたい、っていうのがリアル脱出ゲームにおける目標ですね。
※本インタビューは再構成の上、SCRAP出版より2017年6月発売予定の『リアル脱出ゲーム10周年記念本(タイトル未定)』に掲載します。お楽しみに!
(2017年1月17日収録:インタビュー&構成/櫻井知得、大塚正美、撮影/佐藤哲郎)